QOUGUI Laboratory of Human Studies
地球史倶楽部
The Mother EARTH Labo.

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地球の年齢は46億歳、ヒトの歴史は約1000万年

  ヒトの歴史は約1000万年といわれる。その人類が誕生した地球は約46億年以上前に誕生したと推定されている。
  つまりヒトの歴史は、地球の歴史の約100万分の1に過ぎない。残りの99.9999%が、地球上にヒトが誕生するまでにかかった時間という考え方ができる。
この先ヒトがどのような進化を遂げるのか考えるうえで、ヒトが誕生するまでにどのような地球の「産みの苦しみ」があったのかを心に留めて置く必要がある。 それは今後のヒトが直面する可能性がある温暖化や多様性、そしてAI環境に柔軟に対応して苦境を乗り越えられるのかということでもある。

  地球の歴史を振り返れば、地球や生物の変遷の過程は合理的に説明できる場合もあるが、その根拠・原因のすべてが偶然の産物であり、何者かが支配したという意識意図は感じられないからである。これらを概観するに当たっては、地球あるいは地球の分身である月に残る地層や化石などの痕跡を調査した「地質時代」の分析が参考になる。

地球そして生命の誕生と進化(完成版)

 

地球形成からヒトの誕生

地球の誕生
  地球は約46億年前に、太陽の周囲を廻る軌道にあった天体が衝突合体して形成された。衝突直後は高温の火球であった地球は数億年かけて冷却が進み、その結果40億年前ころには大気の水蒸気が冷却され雨となって地表へ降り注ぎ原始の海が形成された。この過程で地表にあった無機物質が流れ出し原始の海に蓄積された。
  宇宙空間から絶え間なく照射される高エネルギーの宇宙線や紫外線により二酸化炭素と窒素が充満していた大気に変性が起き、原始の海に蓄積された無機物質と結合してアミノ酸の一種が生成され生命誕生へつながったと思われる。



生命の誕生(太古代)
  こうして生じた単純なアミノ酸から、全生物の共通祖先である古細菌類の祖先が原始の海に誕生したと推定されている。
当時の地球は二酸化炭素と窒素の大気と海洋の世界で、酸素はほとんどなかった。また、この古細菌類は核膜がなく細胞中にDNAが露出している単細胞の「原核生物」で、「藍藻、藍色細菌(シアノバクテリア)」とされる。このシアノバクテリアの特徴は、海中の二酸化炭素をエネルギー源として吸収し、酸素を排泄物として海洋に排出する嫌気性の生命体であった。

  25億年前頃には、シアノバクテリア(現生の「ストロマトライト」)の活動で酸素が生成され始めた。進化遺伝学的な研究により、この光合成能力をもつシアノバクテリアが、他の細菌と共生的に合体することによって真核生物が生じ、シアノバクテリアは葉緑体となったと考えられている。しかし、当時の大気は大量の二酸化炭素と窒素が主成分であり、ストロマトライトの活動で酸素が生成され始めたものの海中で酸素が消費されるために、大気中の酸素濃度は非常に低いレベルのままであった。

  22-23億年前に地球は寒冷化し何回かの氷河時代を迎えたが、最も寒冷化したヒューロニアン氷期には赤道近くまで氷結し、雪玉地球(スノーボールアース)となった可能性があるとされる。
寒冷化の原因は、大陸の拡大によって岩石の風化量が増え、風化岩石中の金属元素が空中の二酸化炭素と結合したため大気中の二酸化炭素濃度が下がって温室効果が減ったためと推定される。

酸素の発生と真核生物の進化(原生代)
  現生生物につながる真核細胞を持つ、二酸化炭素を取り込み酸素を分離して海中へ排出する藍藻類の大繁殖に伴い、海中の酸素濃度があがり海中に吸収できない酸素は大気中に放散される。12億年前ころまでに大気中の酸素濃度が現在の10%程度までに上昇した。大気中の二酸化炭素が減少し、温室効果が和らぎまた酸素がオゾンに変異することで宇宙線や紫外線を遮り、生物の進化は大きく進展することとなる。

地殻は、マントル対流の影響を受けて大陸の離合集散を繰り返し、繁殖した生物が大陸の離散に伴って各方面へ転移したと考えられる。一方温室効果が和らぎ地球の冷却化による雪球地球(スノーボール)や寒氷期、隕石の落下などによる数度の生物の大量絶滅時代を経験する。
そして約600年前にヒトの祖先がアフリカに誕生したと考えられる。

ヒトの誕生と進化(顕生代第四紀)
  
  顕生代第四紀はヒトの時代である。ヒトは樹上生活していた霊長類のうち、アフリカに住んでいた類人猿から派生した。
約440万年前のエジプトの地層から類人猿と分かれて直立二足歩行した猿人の化石が発掘され、その猿人の亜種は約580万年前までさかのぼることが判明した。その次にアウストラロピテクスが登場する。

  アウストラロピテクスは、エチオピアや南アフリカの約250万年前-350万年前の地層から見つかっているが、骨格化石や足跡の化石から確実に二足歩行していたことが確認された。
  アウストラロピテクスの手は物をつかんだりする以外に、石を加工して石器を作ることができるようになった。

  次のホモ・エレクトスは脳容積を850mlに増やし、生存場所もインドネシア(ジャワ原人約20-100万年前)や中国(北京原人約35-50万年前)に拡大した。  ヨーロッパでは少し遅れて約3万-25万年前の地層からネアンデルタール人が見つかっている。
  現生人類のホモ・サピエンスは、ミトコンドリアDNA分析の結果から約20万年前のアフリカで生まれたとされる。ホモ・サピエンスは厳しい氷期の気候にも適応して、世界各地に生存領域を広げていった。ホモ・サピエンスは約10万年前にアフリカを出て中東に達し、北のヨーロッパへ向かったグループと、東に向かったグループに分かれるのである。

 

 

地質時代に見る生命の歴史

  約46億年前の地球の誕生から現在までの内、直近数千年の記録が残っている有史時代(歴史時代)以前については、地質学的、生物学的、環境学的等様々な特徴を集約して時代区分を行ない「地質時代」(Geologic time scale;Geological age;Geological eon)として地球史の研究が進められている。

  地球の年齢(46億年超)で、有史時代(数千年間)は約100万分の1であり、地球の年齢の99.9999%は地質時代である。この「有史時代」は地質時代においては「新生代・第四紀・完新世・メーガーラヤン期」に含まれる。

また地質時代の各時代区分表示は(開始年代(基底年代))は「何百万年前(あるいはMya)」と表現され、その基点は西暦2000年と定義されている。

  地質時代は、比較的情報量が多く研究が進んでいる直近の「顕生代」(約5億年前)と、この時代に比較すると生物化石に乏しくなるが微化石や生痕化石などが研究対象になる「原生代」(約25億年前)、生物化石はほとんどなくなり研究対象が主に地層や岩石となる「太古代(始生代)」(約40億年前)、地球上で岩石や結晶などの直接証拠が少なく月の石や隕石などの情報から推察されている「冥王代」(約46億年前)の4つの時代に区分されている。

 

※地質時代の「代」や「紀」の区分は、化石として発見される動物相の相違によるものである。原生代、古生代、中生代、新生代の「代」の時代区分は、大量絶滅により従来の動物の多くが絶滅し、新たな動物が発生したことによる区分である。「紀」の時代区分は「代」との比較では動物相の相違は小さいが、大量絶滅による場合もある。

このように地質時代の区分けは地形や気候の変化及びそれによる生命体の生成、絶滅、再生の契機となっている。以下、地球誕生(46億年前)から人類の時代(世界への拡散)までを地質時代の分類に沿って、その時代の主人公の盛衰の様子を概観する。


   地球は約46億年前に、太陽の周囲を廻る軌道にあった天体(小さな塵などが合体して火星ほどの大きさになったミニ惑星)が衝突合体して10個ほど形成された。地球は衝突直後は高温の火球であり、その後大型惑星との衝突により、地球の一部が飛び出し、地球を回る「月」が形成された(ジャイアント・インパクト説)。

火球であった地球は数億年かけて冷却が進み、その結果大気の水蒸気が冷却され雨となって地表へ降り注ぎ原始の海が形成された。この過程で地表にあった無機物質が流れ出し原始の海に蓄積された。

  最初の岩石として確認されているのは約40億年前のものであるが、まとまった地層が世界各地で見つかるのは38億年前からである。38億年より前の地層が残っていないのは、現在よりも高温で活発なマントル対流のため、当時形成された地殻はすべてマントル内部にリサイクルされてしまったことが原因とされているが、39億年前頃に地球と月が同時に大規模な隕石衝突を受けたため(後期隕石重爆撃期)当時の地殻が破壊されてしまったという説もある。

地球誕生(太陽系の形成)

40億年前:大陸と海の形成

  大陸の形成は40億年以上前には始まった。
原始地球は現在より高温で、大気は二酸化炭素と窒素で満たされ、地殻はケイ素、鉄、マグネシウムなどの化合物であった。二酸化炭素は温室効果ガスであるとともに、宇宙線などの放射線を遮るオゾン層を破壊することで知られているが、このことから大気には宇宙と同レベルの紫外線などの放射線が注いでいたと推測される。

  冷却された大気は雨になり大陸の無機物質を浸食して地球表面を広く覆った海水に吸収される一方、これら無機質は大気中の放電と紫外線放射をエネルギー源としてアミノ酸などの単純な有機分子へと形づくられ海へ蓄積されていったと考えられる。こうして生じた単純なアミノ酸から、全生物の共通祖先である古細菌類の祖先が原始の海に誕生したと推定されている。

  つまり、当時の地球は二酸化炭素と窒素の大気と海洋の世界で、酸素はほとんどなかった。このような環境で原始生命が誕生する。

原始生命の誕生前

  全生物の共通祖先であるこの古細菌類は核膜がなく細胞中にDNAが露出している単細胞の「原核生物」で、「藍藻、藍色細菌ともいうシアノバクテリア」とされる。
このシアノバクテリアの特徴は、二酸化炭素と窒素の大気と海洋の世界で、酸素はほとんどなかった地球という生育環境から二酸化炭素をエネルギー源として吸収し、酸素を排泄物として排出する嫌気性の生命体であった。

南アフリカ共和国北東部トランスバール地方(旧トランスバール共和国、首都プレトリア)のフィグツリー層から発見されたこれら細菌類や藍藻類の化石は、年代測定により 35億年前のものとされた。



27億年前:大陸の出現

  27億年前に非常に活発な火山活動があり、陸地が大幅に増え、安定化した。
現在のグリーンランドを含む北アメリカ大陸の主要部分と、スカンジナビア半島を中心とするヨーロッパ大陸の一部に相当する最初の超大陸「ヌーナ超大陸」(NeunaまたはNena)が出現した
※この安定陸塊(原始の大陸)は「クラトン」といわれ、現在も世界各地で確認されている。(下記図参照)下記図で「Shield/楯状地」「Platform/プラットフォーム」等という地域には古代の地層が眠っている。

世界の地質学的区域図

25億年前:酸素の生成

  このような大陸の拡大は浸食による岩石の風化量が増え、風化岩石中の金属元素が空中の二酸化炭素と結合したり、風化した塩類が海に入って大量の栄養塩類となり生物活動(光合成)を活発化させ、二酸化炭素を消費する効果を生んだ。
25億年前頃には、シアノバクテリア(現生の「ストロマトライト」)の活動で酸素が生成され始めた。進化遺伝学的な研究により、この光合成能力をもつシアノバクテリアが、他の細菌と共生的に合体することによって真核生物が生じ、シアノバクテリアは葉緑体となったと考えられている。


35億年前からのストロマトライトが生きている海:オーストラリア シャークベイ

  原始の海中では、光合成により酸素を放出するストロマトライトの大規模発生により、酸素は海中に拡散し海中の大量の鉄イオンを酸化して沈殿させ縞状鉄鉱床を生成した(縞状鉄鉱床の生成のピークは27億年前から19億年前までであった)。

太古代の大気は大量の二酸化炭素と窒素が主成分であり、原生代に入ってストロマトライトの活動で酸素が生成され始めたものの海中で酸素が消費されるために、大気中の酸素濃度は非常に低いレベルのままであった。

  一方、22-23億年前に地球は寒冷化し何回かの氷河時代を迎えたが、最も寒冷化したヒューロニアン氷期には赤道近くまで氷結し、雪玉地球(スノーボールアース)となった可能性があるとされる。
寒冷化の原因は大気中の二酸化炭素濃度が下がって温室効果が減ったためと推定される。
二酸化炭素濃度減少の原因は、大陸の拡大によって岩石の風化量が増え、風化岩石中の金属元素が空中の二酸化炭素と結合したためと考えられるが、さらに風化した塩類が海に入って大量の栄養塩類となり生物活動(光合成)を活発化させ、二酸化炭素を消費した。

また、22億年前頃から大気に酸素が含まれていたことを示す「赤色土壌」や「赤色砂岩」が出現するようになった。

  その後大気中の酸素の比率は徐々に増えてゆく。この過程は大酸化イベント(GOE、great oxidation event)と言われ、藍藻による光合成が始まり、それまで無酸素状態だった地球大気に大量の酸素分子が放出された時期を指す。

25億年前から23億年前の間頃のこととされる。

  嫌気性生物の多くが絶滅し、一部が深海や地下深くで生き延び、表層環境においては、他の細菌と共生的に合体し酸素をエネルギーとして利用する好気性の真核生物の誕生へとつながった。


大気中の酸素濃度の推移(推定)

  約19億年前にの活発な大陸成長のピーク期に、もっと小さな陸地が集合し成長して生成したヌーナ大陸・コロンビア大陸・アトランティカ大陸が合体してロディニア(Rodinia)超大陸を形成した。ロディニア大陸は約7億年前に3つに分裂した。 二酸化炭素を取り込み酸素を分離して海中へ排出する藍藻類の大繁殖に伴い12億年前ころまでに大気中の酸素濃度が現在の10%程度までに上昇した。

  その後7億年前までに何度か寒冷な時期があった事が判明している。特にスターチアン氷河時代(7億3,000万年-7億年前)とマリノニアン氷河時代(6億6,500万-6億3,500万年前)には当時の赤道近くの地層からも氷河に起因する堆積物が見つかっており、地球が非常に寒冷化したことが分かっている。当時の地層から採取された岩石の分析結果から、当時の生物圏が壊滅的な打撃を受け、地球上の全ての生物活動がほとんど停止していたことが判明した。

研究者によるとこの時代に地球全体が凍結したスノーボールアース(雪玉地球)現象が起こったとしている。



6億年前:多細胞生物の出現

  オーストラリア、アデレード北方のエディアカラ丘陵で発見される大量の生物化石の中に、殻や骨格がなく柔組織だけで出来ている多細胞生物(エディアカラ生物群)の出現が見られこれらは、約6億 - 5億5千万年前の先カンブリア時代の生物の化石と推定されている。(エディアカラ遺跡群はAustralia's National Heritageとして保護されている)。
同様の化石はカナダのニューファンドランド島やロシアの白海沿岸などでも発見されている。
多くの動物とされる生物化石が出るが、いずれも殻や骨格がなく、柔組織だけで出来ている。 本来、硬い骨格をもたない生物は、化石として保存されることが稀であるが、エディアカラ生物群ではこのような生物が数多く見られる。
これは泥流などによって、海底に生息していた生物が一瞬にして土砂中に封じ込められたためと考えられている。また、柔らかなマット状になった微生物の集合体の上を大きな生物が移動した痕跡らしきものも確認されている。


5億4000万年前:生物の多様性展開(カンブリア紀)

  この年代以降の地層から化石が多数発掘されていることから、地質時代分類では現代までの地質時代を「顕生代(Phanerozoic eon)」と呼んでいるる。
特にこの時代の化石群が多数発掘されている地層が発見された英国ウエールズのラテン語名「カンブリア」から命名された「カンブリア紀(Cambrian period)」以降を指す。

カンブリア紀には、海洋が地球上のほぼ全てを覆い尽くし、動物門のほとんどすべてが出現したと考えられている。海中では様々な種類に至る海洋生物が現れ、中でも三葉虫等の節足動物が繁栄し藻類が発達した。三葉虫やフデイシ、腕足類、サンゴなどは古くから発見されていたが頻繁に産出する生物群は限られていた。

カンブリア紀の生物相の多様性がよく知られるようになったのはカナダ ブリティッシュコロンビア州で発見された化石群「バージェス頁岩動物群」の発見以来であり、特に20世紀末の見直しでその内容がそれまでの想像を超えることが明らかとなった。現在の生物と比べ、非常に奇異な姿をした生物が多く見られ、この時期の生物群を総称して「カンブリアンモンスター」とも呼ばれる。この時期の初期には動物門のほとんどすべてが出現したと考えられ、この時代に動物の多様性が一気に増大した可能性がある。これをカンブリア爆発と呼ぶ。



5億1100万年前:日本最古の地層

   日本で発見されている最も古い地層は、茨城県常陸太田市にある5億1100万年前の堆積構造の西堂平層である。この時代はカンブリア紀の第二世第4期のものである。
隣接する日立市にかけて火山岩を原岩とする赤沢層など60km²以上にわたりカンブリア系の地層が分布している。

  現地の研究者によると5億年前は、このあたりの地層は、ゴンドワナ超大陸のなかの、現在の中国大陸となるあたりの火山地帯だった。やがて超大陸は移動と分裂を繰り返し、9000万年前には現在の世界地図に近い状態が作られたが、この辺りのカンブリア紀層は中国東北部にあった。

  しかし、2000万年前ごろから日本海ができ始め、一つの山地であった現在の中国東北部(と日本列島)は、日本海の拡大によって徐々に離れていき、1450万年前には、ほぼ現在の位置へと移動した。
地面の動きは、まるでドアを押し開けるように、北と南に分かれて動いた。その境となったのが、日立市の西隣の茨城県常陸太田市から福島県棚倉町にかけて、南北約60キロに伸びる棚倉断層ではないかと考えられている。


4億8540万年前:大量絶滅 オルドビス紀末(O-S境界)

  それまで繁栄していた三葉虫、腕足類、ウミリンゴ、サンゴ類、筆石、コノドントの大半が絶滅した。当時生息していた全ての生物種の85%が絶滅したと考えられている。この時の大量絶滅を、「O-S境界」(Ordovician-Silurian extinction event)という。
   この時期、大陸は南極域にあり、短い期間であるが大陸氷河が発達した。絶滅は、氷床の発達に伴う海水準の低下時及び氷河の消滅に伴う海水準の上昇時の2回確認されているが、海水準変動をもたらした環境の変化と大量絶滅との関係は不明である。


4億2000万年前:昆虫類や最古の陸上植物が出現

   ローレンシア大陸、バルティカ大陸、アバロニア大陸の間にはイアペトゥス海という浅い海が広がり、多くの生物が繁栄していた。しかし、3つの大陸は徐々に接近し、約4億2,000万年前に衝突した。このためイアペトゥス海は消滅し、ユーラメリカ大陸(ローラシア大陸とも)という大陸が形成された。ユーラメリカ大陸には、陸塊の衝突時にできた巨大な山脈があった。その山脈が大気の流れを大きく遮り、恒常的な降雨を周辺地域にもたらしていた。そのため長大な河川が出現し、この河川に沿って動植物が大陸内部まで活動範囲を拡げていくことが可能となった。また河川に沿って大規模に植生域が拡大していったアーケオプテリス(またはアルカエオプテリス、Archaeopteris)などのシダ状の葉を持つ樹木状植物が誕生したことにより、最古の森林が形成されていった。昆虫類や最古の陸上植物が出現 生物の本格的な陸上への進出が始まり、陸棲節足動物や最古の陸上植物が出現する。 また、ダニ(鋏角類)や、ムカデなどが属する多足類が陸上に出現しており、節足動物の陸棲化は脊椎動物よりも進んでいた。
   シルル紀後期(4億2000万年頃)に高等植物の木化に必要な「リグニン、木質素」を有した植物が登場したが、リグニンを分解できる微生物がいなかったので植物は腐りにくいまま地表に蓄えられたがこれらが石炭の由来である。


3億6000万年前:大量絶滅 デボン紀末(Late Devonian extinction)

  約3億6000年前にはゴンドワナ大陸、ローレンシア大陸、バルチック大陸、ユーラメリカ大陸が出現し、シダ植物、昆虫が繁栄し、爬虫類が出現した。
  しかし、その後環境の変化により、ダンクルオステウスなどの板皮類や甲冑魚をはじめとした多くの海生生物が絶滅している。全ての生物種の82%が絶滅したと考えられている。この時期に寒冷化と海洋無酸素事変の発生が知られている。酸素及び炭素同位体比のデータは、2度の寒冷化及び有機物の堆積及び大気中の二酸化炭素の減少を示しており、これは、海水準の上昇及び大量絶滅と同時に起こっている。また、海水中のストロンチウム同位体比の変動は温度の上昇を示している。


顕生代の種の推移


2億9890万年前:爬虫類の一部が陸上へ(ペルム紀)


パンゲア超大陸 Pangea

  赤道付近に存在していたユーラメリカ大陸と、南半球から北上してきたゴンドワナ大陸が衝突し、パンゲア大陸と呼ばれる超大陸が形成された。北半球にはシベリア大陸が存在していたが、やがてシベリア大陸もパンゲア大陸と衝突し、ウラル山脈が形成され、ほぼ全ての陸地が1つの超大陸としてまとまることとなった。パンゲア大陸は赤道を挟み三日月状(Cの字)の形をとった。大陸の周囲はパンサラッサと呼ばれる大洋が囲んでおり、大陸の東側(三日月形の内側)には古テチス海と呼ばれる海が広がり、シベリア大陸からゴンドワナ大陸に、小大陸や島が点々と連なっていた。  
  ペルム紀の末期には激しい気温上昇が起こり、地球の平均気温は23℃にも達した。これは、6億年前から現在まででもっとも高い気温である。ペルム紀には、様々な植物、巨大な両生類や爬虫類が生息していた。その中には、恐竜や鳥類、現生爬虫類の祖先となる双弓類もいた。哺乳類の祖先に当たる単弓類(哺乳類型爬虫類)も繁栄し、陸上には豊かな生態系が築かれていた。昆虫では完全変態の種族が進化したのも、この頃であった。ペルム紀の浅い海の堆積物からは、豊富な軟体動物、棘皮動物、腕足動物の化石が産出する。三葉虫なども繁栄していた。植物では、シダ植物に加え、イチョウ類やソテツ類といった裸子植物も繁栄を始めた。


2億5100万年前:大量絶滅 ペルム紀末(P-T境界)

  約2億5100万年前(ペルム紀末)、地球史上最大規模とも言われる大量絶滅が起こった。
  このとき絶滅した種の割合は、海洋生物のうちの96%。全ての生物種の90%から95%に達すると言われる。原因はまだよくわかっていないが、スーパープルームにより地球史上もっとも激しい火山活動が起き、この火山活動が現在のシベリア・トラップ(ロシアのウラル山脈の東に、中央シベリア高原を中心として広がる広範な玄武岩地帯)を形成したとされる。
  噴出した溶岩の量は、富士山が過去一万年間で噴出した溶岩の量の10万倍である、それによる気候変動がメタンハイドレートを融解させて更なる気候変動が起こるなどの大規模な環境変化が発生し、大量絶滅に繋がったとする説がある。 ※スーパープルーム:地表から2900キロメートルの深さにある、核とマントルの境界で間欠的に発生する高温の上昇流。この上昇流圧力により周辺の地殻全体が押し上げ隆起した地殻の表面には、引っ張り力が加わり放射状の割れ目が数多くできる。地下では上昇するプルーム物質が圧力の低下によって溶け地殻の一部が溶けたものを加えて大量のマグマが出来、割れ目に沿って地表に噴出することもある。

大量絶滅とスーパープルーム

2億2500万年前:石油(油田の起源)

  中東の油田の由来に関して、「2.25億年前に超大陸パンゲアが次第に分離し、現在の姿になるまでの過程で2億年前の三畳紀(Triassic)以後に存在したテチス海(Tethys)で地球史上の石油生成が始まった、という説(石油・油田の生物由来説:有機成因論)がある。
「中生代は二酸化炭素の濃度が今より10倍も高く、気温は10℃も高かった。つまり地球温暖化で、植物の光合成は極めて活発であった。しかもこのテチス海は赤道付近に停滞し、海水は攪拌されず長く酸欠状態が続いた。このため有機物は分解されず、石油熟成に好条件であったことが中東油田の始まりである。石油は探せばまだまだあるという単純な発想は地球史から見て正しくない。」という研究でもある。

石油・油田成因論

  石油・油田が生成された成因については、上記の「生物由来説(有機成因論)」と「無機成因論」がある。

生物由来説(有機成因論)
  石油とは有機物が熟成したもの、太陽光による二酸化炭素の光合成で出来た植物、藻などの有機物が海底に堆積し,長い年月をかけ科学的に変化し生成されたものある、という説。
百万年以上の長期間にわたって厚い土砂の堆積層に埋没した生物遺骸は、高温と高圧によって油母 (kerogen) という物質に変わり、次いで液体やガスの炭化水素へと変化し、これら液体やガスの炭化水素は岩盤内の隙間を移動し、貯留層と呼ばれる砂岩や石灰岩など多孔質岩石に捕捉されて、油田を形成した。この由来から、石油は化石燃料とも呼ばれる。

無機成因論
  一方、石油無機由来説は、「惑星が誕生する際には必ず大量の炭化水素が含まれる」「炭化水素は地球の内核で放射線の作用により発生する」「この炭化水素が惑星内部の高圧・高熱を受けて変質することで石油が生まれる」「炭化水素は岩石よりも軽いので地上を目指して浮上してくる」というものである。
この無機由来説に基づけば、一度涸れた油井もしばらく放置すると、再び原油産出が可能となる現象を説明することができる。
また超深度さえ掘削できれば、日本はもちろん世界中どこでも石油を採掘できる可能性があることになり、膨大な量の石油が消費されたとしても、掘削技術の問題さえ解決されれば、石油が枯渇する危険性はほぼ皆無であるとされる。 ※石炭の由来:シルル紀後期(4億2000万年頃)に高等植物の木化に必要な「リグニン、木質素」を有した植物が登場したが、リグニンを分解できる微生物がいなかったので植物は腐りにくいまま地表に蓄えられたがこれらが石炭の由来である。

※石炭の由来:同じ化石燃料といわれる石炭は、植物が完全に腐敗分解する前に地中に埋もれ、そこで長い期間地熱や地圧を受けて変質(石炭化)したことにより生成した物質である。最古の陸上生物が繁茂したシルル紀後期(4億2000万年頃)に、高等植物の木化に必要な「リグニン、木質素」を有した植物登場に由来するが、当時の地球上にはリグニンを分解できる微生物がいなかったので植物は腐りにくいまま地中に蓄えられ変質(石炭化)したと考えられている。

2億年前:恐竜から哺乳類の出現

  約2億5100万年前ペルム紀末の大量絶滅以降(三畳紀)、体躯の大きなものも出現して繁栄した。主竜類の中から三畳紀中期にはエオラプトルやヘレラサウルスなどの恐竜や翼竜、ワニが出現、また主竜類に近い系統からカメ類が現れた。
  爬虫類はまた、肺呼吸を完全にし、種類によっては皮膚をウロコや硬い甲羅でおおうことによって乾燥した陸地への生活に適応していった。
  陸上の植物ではシダ植物や裸子植物が著しく分布域を広げ、ボルチアやアメリカ合衆国アリゾナ州におけるアラウカリオキシロンの珪化森林にみられるようにマツやスギの遠祖となる針葉樹が現れた。種子植物でありながら独立した精子をつくるイチョウ類やソテツ類、ベネティティス類も多かった。湿地帯には、現在のシダ植物のヒカゲノカズラ科の類縁種である古代リンボクが豊富にのこり、シダやトクサも密に分布した。   
  最初の哺乳類が現れたのも三畳紀であった。哺乳類は、中生代を通じて小型であり、大きくてもネコか小型犬ほどの大きさであり多くの種はドブネズミかハツカネズミの大きさほどしかなかった。
   三畳紀に入って従前は陸上でしかみられなかった爬虫類の一部が海に進出した。イクチオサウルスなどの魚竜や、泳ぐのに特化したひれ状の足をもつプラコドンなどの鰭竜類(Sauropterygia)、タラットサウルス類、板歯目などである。


1億9960万年前:大量絶滅 三畳紀末(T-J境界)

  1億9960万年前の三畳紀の終わりに、再びやや小規模な大量絶滅(T-J境界、Triassic–Jurassic extinction event)があり。海洋ではアンモナイトの多くの種が姿を消し、魚竜などの海洋棲爬虫類も打撃を受けた。
  陸上では大量の単弓類(哺乳類型爬虫類)が絶滅した。爬虫類も単弓類同様に大型動物を中心に多くの種が絶滅した。
  三畳紀の終末を生き延びた恐竜など陸生脊椎動物は、繁殖様式(卵など)や生活様式から乾燥にとくに強いタイプのものと考えられる。また、まだ比較的小型だった恐竜は、三畳紀末期には竜脚類のような大型種も出現し、そののち急速に発展していく。
  絶滅の原因としては、直径3.3 - 7.8km程度の隕石の落下あるいは、中央大西洋マグマ分布域(Central Atlantic Magmatic Province)における火山活動との関連が指摘されている。また、爬虫類や単弓類も大型動物を中心に多くの系統が絶え、当時はまだ比較的小型だった恐竜が以降、急速に発展していく。全ての生物種の76%が絶滅したと考えられている。
    日本の三畳系化石は、日本の三畳系は、ふるくは分布範囲はきわめて狭小であるとみなされてきたが、一時期古生代に属すと考えられてきた外帯(太平洋側)のチャート層や石炭岩からコノドント化石が見つかり、これによって地史が大きく解明された。
  すなわち、従来古生代後期の地層とされてきた海洋性の石灰岩やチャート、また、海底火山岩のうちのかなりの部分が三畳紀に形成された地層であるとみなされるようになった。
  一方、内帯(日本海側)および外帯一部には、三畳紀にすでに付加された古生代の地層と三畳紀前後に形成された花崗岩および広域変成岩が分布して、これらを基盤として三畳紀後期における陸棚性・瀕海性の厚い堆積物が比較的小範囲に点在する。その多くは炭層をふくみ、産出化石はシベリア方面の種との共通性を示している。
   北上山地南部の太平洋沿岸にある宮城県南三陸町皿海集落には三畳系後期ノリアン階の貝化石産地があり、集落名を採って「皿貝動物群」あるいは「皿貝化石群」と称される。ここでは、モノティスと称される翼形二枚貝の検出が特徴的である。このモノティス化石の存在は、明治14(1881)年にドイツ人ナウマンが当地を調査で訪れた際に発見し、世に知らしめたことで明らかになった。これにより日本に三畳紀の地層が存在することが証明され、その後の南三陸地域の地質学・古生物学研究の進展につながった。

  大量絶滅事変が収まりつつあるころ、パンゲア大陸がローラシア大陸、ゴンドワナ大陸へ分かれ始め、後期にはゴンドワナ大陸も分裂を始めた。気候は現在より高温多湿で、動物・植物はともに種類が増え、大型化していった。
  この時期を「ジュラ紀」と区分されている。ジュラ紀は、三畳紀から相次いだ火山活動の結果、大気中の二酸化炭素濃度は高く、現在よりも暖かく、降水量も多く湿度も高かった。そのため動物、植物はともに種類が増え、大型化していった。
  植物ではイチョウ、ソテツなどの裸子植物が大きく繁栄し、それまで植物が無かった内陸部まで生育範囲を広げていった。またジュラ紀の後半には被子植物も現れた。海洋ではアンモナイトや、プランクトンが繁栄し、地上では恐竜が多種多様な進化を遂げた。小型の恐竜の一部が鳥類に至る進化を果たし、始祖鳥が現れたのもこの時代である。 ジュラ紀にもっとも進化した生命は海洋での魚類と、海洋で暮らす爬虫類(魚竜、首長竜など)である。また無脊椎動物にはいくつかの新しいグループが現れた。

1億4500万年前:恐竜の繁栄と絶滅(白亜紀)

  ジュラ紀から白亜紀の境目に大きな絶滅などはなく、白亜紀も長期にわたり温暖で湿潤な気候が続いた。恐竜の繁栄と絶滅。哺乳類の進化、真鳥類の出現が見られた。
  後期にかけて各大陸が完全に分かれ配置は異なるが現在の諸大陸の形になる。白亜紀の終わりを示す絶滅期(K-Pg境界)においては、イリジウムが大量に含まれた粘土層が世界中に見つかっている。これは、6,568万年前にユカタン半島及びメキシコ湾にある巨大なチクシュルーブ・クレーターを作った隕石の衝突によってその破片が地上に降り積もったものと考えられている。この隕石の落下が引き起こした気候変動が、白亜紀末の大量絶滅に関係しているという学説は、現在では地質学者、古生物学者等の間で広く支持されている。 また、超大陸パンゲアの分裂が一層進み、これによって地理的な隔離が起きたため、陸上の生物の多様性を更に高めることとなった。

6550万年前:大量絶滅 白亜紀末(K-Pg境界)

  地上・空・海で繁栄していた爬虫類であったが、白亜紀の末には急減した。大量絶滅の影響を受けたためである。
  白亜紀末には、地球史の上で5回目の、規模としては古生代ペルム紀末期の大絶滅(P-T境界)に次ぐ大規模な絶滅が起きた(K-Pg境界)。この大量絶滅では、陸上生物の約50%、海洋生物の約75%、生物全体で約70%が絶滅したと考えられている。哺乳類・爬虫類・鳥類の多くが絶滅し、特に恐竜は(真鳥類を除いて)全てが絶滅した。また、海洋においても、カメ、カンプソサウルス(チャンプソサウルス)類以外の全ての海棲爬虫類、全てのアンモナイト類が絶滅している。
   現在では絶滅の直接の原因は6,568万年前にユカタン半島及びメキシコ湾にある巨大なチクシュルーブ・クレーターを作った隕石(小惑星)の衝突によるものであるという説が広く知られており、2010年3月5日には12ヶ国の研究機関による研究チームが同説が絶滅の直接の原因であると結論づけた。
  白亜紀の終わりパンゲア大陸は完全に分裂し、配置は異なるものの現在ある大陸と同じ構成になった。ローラシア大陸は北アメリカとヨーロッパとに分かれて大西洋が広がり、ゴンドワナ大陸は南極大陸、オーストラリア大陸、アフリカ大陸、南アメリカ大陸に分割された。インド及びマダガスカルは,まだアフリカと陸続きであったが末期には分裂し島大陸となっていた。
  北アメリカ大陸に食い込むようにして形成されていた浅い海は石炭層に挟まれて陸地となり、海の堆積物を多く残した。この他で重要な白亜紀の地層の露出は、中国とヨーロッパとで見られる。また、インドのデカントラップにある大量の溶岩の地層は、白亜紀から暁新世にかけて形成されたものであることがわかっている。
   北海道、むかわ町穂別地域から白亜紀末のハドロサウルス科恐竜化石(通称むかわ竜)の極めて保存状態の良い恐竜化石が発見された。

  大陸の異動は続き、オーストラリアと南極大陸はひとつになって南半球にあり、ユーラシア、アフリカ、南アメリカ、北アメリカ、インドの各大陸は海を隔てていた。
  南アフリカから分かれて北上していたインド大陸は約4000万年前にアジア大陸に衝突、ヒマラヤ山脈やチベット高原の上昇が始まる。
  約3800万年前にオーストラリア大陸と南極大陸が完全に分離し、約3400年万年前には日本列島に当たる部分は大陸の一部となるが後に日本海となる地溝帯が拡大した。
  2300万年前には、アフリカがユーラシア大陸と繋がったことで南アメリカ大陸との間の拡散。孤立している南アメリカとオーストラリアは、異なった動物相となる。
  日本海となる地溝帯が細長い海となり島(古日本列島)が誕生。 約2000万年前には南アメリカ大陸と南極大陸も離れて、南極大陸が完全に海で囲まれる。
  インド大陸はアジア大陸に衝突したあとも北上を続けアジア大陸の内部に約2000kmも突入したため、衝突地点のヒマラヤ山地や背後のチベット高原は、その下にもぐりこまれたインド大陸に押し上げられ隆起した。隆起しつつあるヒマラヤ山脈では高山に対する激しい浸食による岩石の風化が継続している。約350万年前に南北アメリカ大陸の間にパナマ地峡ができて、大西洋と太平洋が分離された。


日本列島の形成過程

ヒトの誕生と進化(顕生代)


  顕生代第四紀は人類の時代とされる。人類は樹上生活していた霊長類のうち、アフリカに住んでいた類人猿から派生した。
  約440万年前のエジプトの地層から類人猿と分かれて直立二足歩行したラミダス猿人の化石が日本の調査隊によって1992-1993年に発掘され、その後ラミダス猿人の亜種は約580万年前までさかのぼることが判明した。
  ラミダス猿人の次にアウストラロピテクス(アファール猿人)が登場する。アウストラロピテクスの化石はエチオピアや南アフリカの約250万年前-350万年前の地層から見つかっているが、骨格化石や足跡の化石から確実に二足歩行していたことが確認された。歩行から開放されたアウストラロピテクスの手は物をつかんだりする以外に、石を加工して石器を作ることができるようになった。
  アファール猿人から2種の猿人が派生した。硬い植物を食べるために頑丈な顎を発達させた猿人と、肉食による動物性タンパク質の摂取によって脳を発達させ、石器を活用した猿人である。
  前者は約100万年前にすべて絶滅してしまい、後者の系統のホモ・ハビリス(脳容積は600mlあって、チンパンジーの300-400mlよりはるかに大きい)が現在の人類に続いている。
  次のホモ・エレクトスは脳容積を850mlに増やし、生存場所もインドネシア(ジャワ原人約20-100万年前)や中国(北京原人約35-50万年前)に拡大した。
  ヨーロッパでは少し遅れて約3万-25万年前の地層からネアンデルタール人が見つかっている。しかし、これらのヒト族は小集団で食料を求めて移動しており、また数も少なかったことから他のヒト族に遭遇する機会は極めて少なかったと考えられている。

ヒトへの進化イメージ

  顕生代第四紀の哺乳類全体の傾向として、新第三紀に比べて種や個体数が減少したことがあげられる。長鼻目は一時オーストラリアを除く全世界に分布したが現在はインドとアフリカに2種を残すのみ、奇蹄類のサイも現生種は5種、同じく奇蹄類のウマ類も種数を大幅に減らした。


太古代(始生代、Archean eon、約46億年前-)
  微惑星の衝突で内部は現在よりも高温となっていた地球は徐々に冷却された。 

原核生物から真核単細胞生物が現れるまでの時代である。約40億年前に全生物の共通祖先が現れ、細菌の祖先と古細菌類の祖先(藍藻、シアノバクテリア)が誕生したと推定され、微生物の化石(微化石)がいくつか見つかっている。

当時地殻はマグネシウム、ケイ素、鉄などで構成され、大気は二酸化炭素と窒素で満たされていた。大気の温度も現在よりはるかに高かったと推定される。

原生代(Proterozoic eon、約25億年前-)
  単細胞生物から硬い骨格を持った多細胞生物の化石が多数現れる時代までを指す。
約25億年前に大陸がはじめて安定した(クラトン化)。光合成により遊離酸素を放出する微生物シアノバクテリアが繁殖し、そこで生まれた酸素が近くの鉄鉱石に吸着され縞状鉄鉱層の形成が始まる(大酸化イベント)。  一方酸素濃度が上がったことによる大部分の嫌気性微生物が消滅する。

  また、ヒューロニアン氷期、22-23億年前に雪玉地球。全大陸にわたる造山活動、2回の最大級の小惑星衝突が推定される。
  12億年前には、ロディニア超大陸の形成が始まる。これによる大陸棚の拡大が始まる。

シアノバクテリアは最盛期となり大気の酸素分圧(酸素濃度)が現在の10%以上まで上昇。細胞膜、ミトコンドリアを持った真核生物の出現がみられた。代末に有性生殖生物が発現し、地殻変動ではロディニア超大陸の分裂が始まる。7億年前以降地球の冷却期(雪球地球)が発生し、多細胞生物の出現がみられたものの、紀末に再度雪球地球となり大量絶滅が発生した。

顕生代(Phanerozoic eon、約54100万年前-現代)
  カンブリア紀の始めから現在までのことで、約5億4100万年の期間である。地球誕生が約46億年前と考えられているので、顕生代は地球の年齢の約1割ほどである。
この時期から化石群が大量に発掘されることより「顕」生代と名付けられた。

  カンブリア紀初には海洋が地球上のほぼ全てを覆い尽くし、動物門のほとんどすべてが出現したと考えられ「カンブリア爆発」と呼ばれる急激な生物多様化が進んだ。 カンブリア紀(Cambrian period)とは、この時代の化石群が多数発掘されている地層が発見された英国ウエールズのラテン語名「カンブリア」から命名された

デボン紀(Devonian period)は、古生代の中ごろ、約4億1600万年前から約3億5920万年前までの時期を指す。イギリス南部のデヴォン州に分布するシルル紀の地層と石炭紀の地層にはさまれる地層をもとに設定された地質時代である。
デボン紀は、両生類、シダ植物、種子植物の出現が見られ、魚類の種類や進化の豊かさと化石の量の多さから「魚の時代」とも呼ばれている。

  約3億6000年前にはゴンドワナ大陸、ローレンシア大陸、バルチック大陸、ユーラメリカ大陸が出現し、シダ植物、昆虫が繁栄し、爬虫類が出現した(石炭紀)

約3億年前にはユーラメリカ大陸とゴンドワナ大陸が衝突し、シベリア大陸とも衝突しパンゲア超大陸が生成されるが、2億5200万年までに95%以上の生物種が絶滅した(ベルム紀)

  さらに2億130万年までに低酸素化が進みまた気温が上昇し砂漠化が進行する。生物学的には恐竜が出現するが、生物の76%が大量絶滅する(三畳紀)

2億年前ころよりパンゲア大陸がローラシア大陸、ゴンドワナ大陸へ分かれ始め、後期にはゴンドワナ大陸も分裂を開始。絶滅を生き残った恐竜が栄えた。被子植物の出現。有袋類、始祖鳥出現。ジュラ紀は現在より高温多湿で、動物・植物はともに種類が増え、大型化していった(ジュラ紀)

1億4500万年以降は長期にわたり温暖で湿潤な気候が続いた。恐竜の繁栄と絶滅。哺乳類の進化、真鳥類の出現。後期にかけて各大陸が完全に分かれ配置は異なるが現在の諸大陸の形になる。末期に小惑星の衝突が原因と推定される大量絶滅が発生した(白亜紀)

新生代(Cenozoic era)
顕生代の大きな区分の一つで、約6500万年前より現代までに相当する。
アフリカ、南アメリカ、南極大陸は分離。ヨーロッパと北アメリカはまだ陸続きでインドは巨大な島であった。
  絶滅した恐竜の後の哺乳類、魚類の放散進化。植物は、白亜紀に引き続き被子植物が栄え、この時代にほぼ現代的な様相となる。2300万頃までに気候変動による大規模な海退がある。現存哺乳類のほとんどの目(もく)が出現し、哺乳類の進化・大型化が進む。日本列島に当たる部分は大陸の一部となり後に日本海となる地溝帯が拡大した(古第3期)
  533万年前までに生物相はより現代に近づく。アフリカがユーラシア大陸と繋がったことで両大陸間の拡散。インド大陸衝突。孤立している南アメリカとオーストラリアは、異なった動物相。日本海となる地溝帯が細長い海となり島(古日本列島)が誕生した。  また、パナマ地峡形成、ヒマラヤ山脈上昇、寒冷化、氷床発達。ヒトの祖先誕生(新第3期)。1万7000年以降、人類の時代。258万年頃に大型哺乳類の大規模な絶滅がある。60万年前以降、大規模な氷河期が5回発生している。日本海が拡がり、弓状の日本列島となる(第4期)

   大陸移動論:プレートテクトニクス論は、現在の地球の表面は何枚かの硬い岩盤(プレート:地殻とマントルの上部)があり、このプレートが地球内部のマントル対流に乗って動いているという考え方、プレートテクトニクス(Plate Tectonics)に基づいている。

これによると、地球の構造は、プレートの下に同じ岩石で構成されたマントルがあり、中心近くには金属質の「核、コア」があると推測されている。地球の半径は約6500キロメートルであるが、その内部構造は図のようになる。

地球の構造
  地殻とマントルは岩石で構成されており、核は金属質である。
マントルを構成する岩石は、地震波に対しては固体として振舞うが、長い時間単位で見れば流動性を有する。

  その流動性は、深さによって著しく変化し、上部マントルの最上部(深さ約100キロメートルまで)は固くてほとんど流れず、約100 - 400キロメートルまでの間は比較的流動性がある。
  地殻と上部マントル上端の固い部分を合わせてリソスフェア(岩石圏)と呼び、その下の流動性のある部分をアセノスフェア(岩流圏)と呼んで分類する。この厚さ約100キロメートルの固いリソスフェアが地表を覆っているわけであるが、リソスフェアはいくつかの「プレート」という巨大な板に分かれている。

  地球表面が2種類のプレート群からなっていることは、地球表面の高度や深度の分布の割合にもあらわれている。
地球表面は、大陸と大陸棚からなる高度1,500メートル - 深度500メートルの部分と、深度2,000 - 6,000メートルの海洋底と呼ばれる部分が多く、その中間である深度500 - 2,000メートルの海底は割合が少なくなっている。
  プレートは大きく見ると十数枚に分けることができ、それぞれ固有の方向へ年に数センチメートルの速さで動かされることになる。



地球上のプレートの状況

プレートの動き:プレートは、その下にあるアセノスフェアの動きに乗って、おのおの固有な運動を行っている。アセノスフェアを含むマントルは、定常的に対流しており、一定の場所で上昇・移動・沈降している。プレートは、その動きに乗って移動しているが、プレート境界部では、造山運動、火山、断層、地震等の種々の地殻変動が発生している。プレートテクトニクスは、これらの現象に明確な説明を与えた。

  大量絶滅は、地質時代において幾度か見られる現象である。そもそも地質時代の「代」や「紀」の区分は、化石として発見される動物相の相違によるものである。特に、原生代、古生代、中生代、新生代の「代」の時代区分は、大量絶滅により従来の動物の多くが絶滅し、新たな動物が発生したことによる区分である。「紀」の時代区分は「代」との比較では動物相の相違は小さいが、大量絶滅による場合もある。

  22-23億年前に地球は寒冷化し何回かの氷河時代を迎えたが、最も寒冷化したヒューロニアン氷期には赤道近くまで氷結し、雪玉地球(スノーボールアース)となった可能性があるとされる。寒冷化の原因は大気中の二酸化炭素濃度が下がって温室効果が減ったためと推定される。
原生代後期に相当する地層から「氷河に起因する堆積物」が世界各地で発見されており、この時代に何度か寒冷な時期があった事が判明している。特にスターチアン氷河時代(7億3,000万年-7億年前)とマリノニアン氷河時代(6億6,500万-6億3,500万年前)には当時の赤道近くの地層からも氷河に起因する堆積物が見つかっており、地球が非常に寒冷化したことが分かっている。当時の地層から採取された岩石の分析結果から、当時の生物圏が壊滅的な打撃を受け、地球上の全ての生物活動がほとんど停止していたことが判明した。この現象を研究者によるとこの時代に地球全体が凍結したスノーボールアース(雪玉地球)現象が起こったとしている。

大量絶滅の原因については、K-Pg境界のように隕石や彗星などとの天体衝突説が有力視されている事件や、P-T境界のように超大陸の形成と分裂に際する大規模な火山活動による環境変化が有力視されている事件など様々であり、その原因や原因についての仮説は一定しているわけではない。
大量絶滅の直後には、空席になったニッチ(生態的地位)を埋めるべく、生き延びた生物による急激な適応放散が起きる。例えば恐竜が絶滅したことにより、白亜紀以前には小型動物が中心であった哺乳類は、急速に多様化・大型化が進み、生態系の上位の存在として繁栄することとなる。

  多細胞生物が現れたエディアカラン(カンブリア紀の前紀)以降、以下の5度の時期に大量絶滅とそれよりは若干規模の小さい絶滅が数度あったとされる。

オルドビス紀末(O-S境界、Ordovician–Silurian extinction event)
  それまで繁栄していた三葉虫、腕足類、ウミリンゴ、サンゴ類、筆石、コノドントの大半が絶滅した。当時生息していた全ての生物種の85%が絶滅したと考えられている。 この時期、大陸は南極域にあり、短い期間であるが大陸氷河が発達した。絶滅は、氷床の発達に伴う海水準の低下時及び氷河の消滅に伴う海水準の上昇時の2回確認されているが、海水準変動をもたらした環境の変化と大量絶滅との関係は不明である。

デボン紀末(F-F境界、Late Devonian extinction)
  ダンクルオステウスなどの板皮類や甲冑魚をはじめとした多くの海生生物が絶滅している。全ての生物種の82%が絶滅したと考えられている。

ペルム紀末(P-T境界、Permian-Triassic boundary約2億5100万年前)
  海生生物のうち最大96%、全ての生物種で見ても90%から95%が絶滅した。既に絶滅に近い状態まで数を減らしていた三葉虫はこの時に、とどめをさされる形で絶滅した。単弓類の中で横隔膜を生じて腹式呼吸を身につけたグループは低酸素時代の危機を乗り越え、哺乳類の先祖となった。

三畳紀末(T-J境界、Triassic–Jurassic extinction event約1億9960万年前)
  アンモナイトの多くの種が絶滅してしまった。また、爬虫類や単弓類も大型動物を中心に多くの系統が絶え、当時はまだ比較的小型だった恐竜が以降、急速に発展していく。全ての生物種の76%が絶滅したと考えられている。

白亜紀末(K-Pg境界、Cretaceous-Paleogene boundary約6550万年前、K-T(Kreid Teritary) 境界とも表示される)

  三畳紀末からジュラ紀、そして白亜紀まで繁栄していた恐竜は、現生鳥類につながる種を除いて約6550万年前に突如絶滅した(ただしアラモサウルスなどのごく一部の属は、生き延びていた可能性があることが化石によって示唆されている)。翼竜、首長竜、モササウルス類、アンモナイトが完全に絶滅したのもこの時期である。全ての生物種の70%が絶滅したと考えられている。

   現代は、南極大陸に氷河が存在し続けているため、「氷河時代」である。

現代につながる「第四紀」は、258万8000年前から現在までの期間とされる。
他の地質時代が生物相の大幅な変化(特に大量絶滅)を境界として定められたのに対し、第四紀は人類の時代という意味で決められた。したがって、古人類学の進展に伴い次々に古い原人が発見されるとともに第四紀の始まる年代も変化していった。現在ではヒト属の出現を基準とし、地質層序や気候変動を併用して決定している。

ここで言う氷河時代(氷期、ice age)とは、地球の気候が寒冷化し、地表と大気の温度が長期にわたって低下する期間で、極地の大陸氷床や高山域に氷河群が存在し、または拡大する時代である。

  第四紀は北米やヨーロッパの大部分が氷床に覆われる寒冷な「氷期」と、現在のように比較的温暖な「間氷期」が交互に訪れ、非常に短期間に大きな環境変化が繰り返し起こった時期である。

  • Donau I 氷河期:60万年前-58.5万年前
  • Donau II氷河期:55万年前-54万年前
  • Gunz 氷河期:47万年前-33万年前
  • MindleI 氷河期:30万年前-23万年前
  • Wurm 氷河期:7万年前-15000年前
  •   この環境変化のメカニズムの詳細は解明されていないが、地球の各地の気候変動は、地球規模の大気の循環の一環として生成される高気圧(帯)の循環により大きな影響を受けていることから、この高気圧(帯)の形成に影響されるという説がある。

      つまり、これら高気圧(帯)は、たとえば赤道上で生じた上昇気流により大気上層に上昇した空気が、緯度30度付近に溜まり下降気流となって形成される。この下降気流は高温で乾燥しており大陸に砂漠化を生ずる。氷期の地球は気温が低くこの高気圧(帯)の形成(位置)に大きな影響を与えたため、現在の位置とは異なる緯度帯に形成されていたと考えられる。

      最も新しい氷期の最盛期は約1万8000年前であり、平均気温は今より6-7℃低かった。第四紀の氷期と間氷期の推移の周期性を調査したところ、地球の公転軌道の離心率の変化(10万年周期)、自転軸の傾きの変化(4万年周期)、更に自転軸の歳差運動(2.3万年ないし1,8万年周期)と一致することがわかった。これらの変化によって北緯55°から北緯65°の地域における夏の日射量が減ったことが氷期が始まるきっかけとなっている。  この氷期と間氷期の周期性はこれを数学的計算によって予言した科学者にちなんでミランコビッチ・サイクルと呼ばれている。

      最終氷期が終わる約1万年前から現在まで(近未来も含む)を指して地質時代では「完新世 Holocene」と区分され、その境界は、大陸ヨーロッパにおける氷床の消滅をもって定義された。

    完新世(Holocene)
      気候環境が一転して地球全体が温暖化し、氷河がモレーン(堆石)を残して後退した。

    地球各地が湿潤化して森林が増加、逆に草原が減少してマンモスやトナカイなどの大型哺乳類の生息環境が縮小し、彼らを絶滅させた。更新世末から完新世初めにかけて、人類の直接の祖先であるヒト(ホモ・サピエンス・サピエンス)が世界規模で拡散する。人類の生活はそれまで、遊動しながらの狩猟(漁労)採集活動生活であったが、大きな川の流域などで定住農耕牧畜生活に大きく転換した。徐々に人類が文明を築き始めたことは人類史にとって重要な変化であった。
      期間が短いため大規模な大陸の移動などはないが、完新世の初期には、大陸氷床の融解によって海面が130m以上急激に上昇した。


      特に完新世の気候最温暖期と呼ばれる時代には、現在より3メートルから5メートルほど海水準(陸地に対する海面の相対的な高さ)が高かったとされる。マレー半島東岸から現オーストラリア周辺までの広大な沖積平野であったスンダランドが海中に没し、現在のインドネシアやフィリピンなどに相当する地域がユーラシア大陸から分離して島となった。

    日本においても7000年程前に日本列島の各地で海水が陸地奥深くへ浸入している。その結果、それまで陸上の小動物や果実を食料としていたヒトは、それらに加え魚介類を含む採集生活への移行を実現したと思われる。これは当時の海岸線と推測される地域に、住居跡や貝塚の跡が見られることより推測される。また現在の大阪湾も湾奥まで海水域(河内湾)であったと推定されている。(縄文海進)。

    一方、ベーリング海に存在した陸橋ベーリンジアが温暖化の海進により水没し、北米大陸はユーラシア大陸から分離した。9600年前ころ、ドーバー海峡ができ、グレートブリテンが大陸から切り離される。その後、海面は緩やかに下降し、海水準は直近の2,000年ほどは比較的安定している。
       ヤンガードリアス (Younger Dryas:YD) と呼ばれる「寒の戻り」期(約1万4000 - 1万1500年前)があった。8200年前にも寒冷期が認められる。
       約7300年前に南九州の鬼界アカホヤが噴火する。同時に巨大地震や巨大津波が発生した。
      1万5000年ほど前より、氷期の終了に伴ないそれまで130メートル低かった海水面の上昇が始まった。日本海および中国大陸からせり出した大陸棚の最深部が約120メートルであることより、氷期においては日本列島と大陸は繋がっていた時期があると推定される。

    鬼界アカホヤ
      約7,300年前の鬼界カルデラの大噴火に伴って噴出した火山灰。同時に噴出した火山灰のうち、上空に噴き上げられてから地上に降下したものをいう。: 鬼界カルデラ(きかいカルデラ)は、薩摩半島から約50km南の大隅海峡にあるカルデラ。薩南諸島北部にある薩摩硫黄島(下中央写真)、竹島がカルデラ北縁に相当する。2016年から2017年かけて行われた海底調査の結果、直径約10km、高さ約600m、体積約30立方kmにもなる巨大な溶岩ドームが確認され、現在も活発な噴火活動が続いている。

    参考:  鹿児島湾誕生にまつわる「 阿多北カルデラ噴火、11万年前」「阿多南カルデラ噴火、5.5万年前」「 姶良カルデラ大噴火、2.9万年前」「桜島誕生、2.6万年前」については鹿児島湾の生成と桜島をご覧ください。

     

      

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